オフィス機能の合理化
大手スーパーユニーの事例を中心に

 高度成長期に日本企業は、市場規模が量的にも空間的にも拡大するのに対応して複数事業所化が進み、分工場、支社、営業所などが配置された。一方で、これらを統括する本社機能の重要性も増した。そして、成長を続ける日本企業にとってオイルショックを契機とした不況は、ひとつの転換期となる。企業は合理化しやすい現業部門での省力化の努力を進めたが、合理化しにくい間接部門、つまり事務所機能に関わる部分での省力化は進まず、相対的にウェイトが高まった。これは1980年代中葉の円高不況の際にも同様の対応であった。
 しかし、1990年代に入りバブル崩壊後の平成不況下で、企業は従来とは異なった対応を迫られることになった。既に現業部門の合理化の余地は殆どなく、注目されたのが事務所機能の合理化である。
 今回は中京地区を地盤とする大手スーパーのユニーを事例として、事務所とその従業員に関わる費用削減を目的とした空間的な再配置がどのように実施されたのかを明らかにした。  まず、名古屋駅前に立地していた本社を郊外の稲沢市にある自社流通センター内へ移転した。都心立地は取引業者にとっては好都合であったが、ユニーにとっては高額の賃借料の負担というマイナス要素でもあった。郊外移転は取引業者に対して移動コスト・時間コストの増加というマイナス要素を生み出すが、力関係からみて、ユニーのマイナス解消が優先された。ユニーでは本社以外の3つの地区本部でも賃借ビルから自社物件内への移転が行われた。
 平行して、それぞれの事務所では大幅な人員削減も進められた。そのひとつの手段として、本社機能の外注化が進められた。従来から技術的な要因により外注化されている部分はあったが、今回、コスト削減を目的として更なる進展があった。例えば、情報システム部では、自社の情報システムに関するソフト開発を、需要が生じた際にソフトウェア企業に発注し、自らはシステムの維持・管理に専念することになった。また、販売促進部でもチラシ作成に関わる多数の外部業者間のコーディネート業務を、広告代理店2社に委託した。
 また、大幅な人員削減の結果、多数の本社従業員が現業部門である店舗へと再配置されたが、異動先の決定にあたっては、それぞれの居住地が考慮された。従業員にとっては解雇されないという点でプラスの意味を持つが、都市的アメニティを享受できないなどのマイナスとなり、心理的な抵抗もあった。
 ユニーでは、このように事務所移転による立地費用の削減、業務の外部依存による費用削減、就業者の削減・再配置による人件費、交通費の削減が行われ、生産性を高めて企業競争力を強くする努力がなされた。ユニー独特の事情も認められるが、こうした合理化は企業を問わず、業種を問わず行われうるものであろう。そして今後景気が回復した後も、企業が再び事務所機能に関して過剰な人員を抱えるとは考えにくい。事務所機能の合理化は一時的な不況対策ではなく、不況によりその進展が加速された継続的な流れの中にあるものといえよう。
(経済地理学会中部例会発表要旨、1996年6月)